

人生は折り返して元の姿に戻る(MGさん/50代女性)

少しずつ確実に、認知症が進行してくる
2012年の終わり頃から、認知症の症状と思われる変化がはじまった母です。
その頃は、愛犬の死のせい、高齢のせい、性格のせいと思い込み、認知症と言う言葉を想像もしていない私でした。あれから、3年が経過して母は82歳になりました。
デイサービスからも、「トイレやお風呂のあと、自分の席がどこだったのか時々わからなくなるみたいです」と報告を受けたことがあります。
デイサービスに行く曜日は決まっているのに、毎日、行く準備をしています。そのように、少しずつ少しずつ、でも確実に認知症の症状が進行してきたのです。
物盗られ妄想、家族を疑う
母は、自分の部屋にいつもお風呂道具を準備していました。洗面器の中に、フェイスタオル、ボディタオル、歯磨き粉、歯ブラシ、洗顔が入っています。
ある日、母が「私の洗面道具を誰が持っていった!!」とすごい権幕で私に言ったのです。
当然、誰も母の洗面道具を持って行く人はいません。「知らないよ。いつものところにないの?」と言いながら母の部屋を見にいくと、何も入っていない洗面器だけがありました。

「ここに揃えて置いていたのに誰か黙って持っていった!」重ねて母が言います。部屋のまわりを探しても見当たりません。
ふと母のバックが目に入り、中を確認すると、そこには母がないと言っている物がすべて詰め込まれていました。
実際にデイサービスに持っていくものは、別に準備してあるのですが、私は母にバックの中を見せながら「お母さん、デイサービスに持って行こうと思って準備しているの?」と優しく言いました。
母は、瞬間的にどう感じたのかわかりませんが、「あーそうそう早めにと思って準備した」と返してきました。
このことに限らず、座布団、クッション、毛布など、物がなくなると、誰かが持っていったと言う妄想となり、家族を疑うことが度々ありました。
以前の私であれば、こんな時、「自分でバックに入れたのよね?人のせいにしないでよ」と感情的になって母を責める言い方をしていたと思います。母を責める言い方をすると、母の言動はもっと激しくなるのです。
だから、そんな時は、感情的にならず、やわらかく優しく言います。これは、3年の間に私が学んだことです。
(参考:物盗られ妄想)
「みんな取り上げられた」と言い、自分で保管場所を変えては紛失してしまう
年金の通帳・印鑑・診察券・保険証・おくすり手帳など、紛失しては困るものを私が預かっていました。
本人も、「最近忘れっぽくなったから預かってもらっていた方が安心だね」と承諾し、それが、わかっている時もありますが、「通帳がない!印鑑もない!」と言いながら、部屋中を探し回り、ひどい時は一日に何度も「通帳も印鑑もない!どこにやった?!」と私に言ってきます。
そのたび「私が預かっているから大丈夫だよ」と説明します。その時は、あまり納得していない様子ではありますが、一応安心して部屋に戻ります。

しかし、「通帳も印鑑もみんな取り上げられてしまった・・・」そんな母の独り言が聞こえてきたことがあります。
とてもやるせない気持ちになりました。
紛失が懸念されるため、私が預かることにしたのですが、母にしてみれば、年金が入ってくる大事な通帳と印鑑です。
娘が預かっていると言っても、自分で持っていない不安があるのは、当然だろうとも考えました。
母は昔から使ったら、必ずもとの場所に戻す人です。これは、私も受け継いでいます。だから、私は、母の洗濯済みの服をタンスのもとあった場所になおします。
でも、次にタンスを見たときには、服がゴチャゴチャにバラバラになっています。きれいにする人だったのに、その変化にも驚きました。
そのように、この頃は何かをどこかへ動かす、保管場所を変える、そんな症状があったのです。その結果、何がどこにあるか覚えていません。母は無意識にやっているのかもしれません。
そんな母の行動が原因で、実際に紛失(どこにあるかわからない)したものがたくさんあります。
あり得ないことを、まるで本当のことのように話す
母はこの頃、デイサービスに週4回行っていました。
この頃の母は、デイサービスに仕事(ホテルに勤めている)に行っていると思い込んでいたのです。
デイサービスから帰宅した時に「今日は忙しかった!疲れたー!」と言うようになり、朝、デイサービスのお迎えを待っている時には「昨日、団体客が入ったから今日は早く迎えにくるはず」と言うこともありました。
また、母がお世話になっているデイサービスは温泉なのですが、ご近所の人が遊びに来ると、「温泉に入りにおいで!私が支配人に言えばお金払わなくても入れるから!」と言っていたこともあります。
その話し方は、まるで本当のことを言っているようでした。
しかし、後からわかったことですが、本人は、あくまでも本当の話をしているそうです。“本当にそう思っている”と聞きました。
何度も同じ話を繰り返すのも、聞いている側は、「またおなじ話をしている」と思いますが、本人はそうではなく、何度も話している記憶はないため、常に初めて話したと思っているそうです。
だから、そんな言葉を完全に否定すると、本人は、「本当のことを話しているのに(はじめて話したことなのに)なぜ否定する?」と真剣に疑問に思い、それが怒りになることもあるそうです。
(参考:同じことをと何度も言う)
異常なまでの食欲
糖尿病である母のために、私が食べ物を注意するせいか、母は私に隠れて食べるようになりました。
それに気づいたのは、ある日の朝です。
台所の様子が何となく違いました。前日の夕食後、洗ってなおしていたはずの母の茶碗がまた洗ってあったのです。
「まさか・・」と思いながらも、朝食30分前の血糖を測定しました。当時は、測定結果の数値でインスリンの単位が変わっていました。空腹時のはずなのに、やはりとんでもない数値だったのです。

母に「何か食べた?」と聞いても「何も食べてない!」としか答えません。
食事は、通常私が作るのですが、早朝から自分で準備して食べていたようです。と言っても、おかずを作っている様子はなかったため、おそらくごはんと漬物で食べていたのだと思います。
ここでも、何か食べたことを指摘すると、あまり良くないと思い、「おなかすいてる?血糖値が高いから朝ごはん食べない方が良くないかな?」と言ってみました。
母も「そうね。食べないほうがいいね。」と言い、納得したのです。その時は・・・
母を部屋に残し、他家族だけで朝ごはんを食べました。すると、家族が食べ終わるのを待っていたかのように、母がさっさと台所へ行き、自分の茶碗にごはんをついで部屋に持っていったのです。
少し前に、私と話したことは記憶になく、おそらく他家族だけでごはんを食べて、自分だけ食べられないと思った(被害妄想)様子でした。そんな母の態度を見て、とても悲しい気持ちになりました。
(参考:食行動の異常)
記憶がなく本能で動く母
母は、自分でも、食べたか食べていないのかの記憶がない様子で、時間も関係なく、間食(おやつ)+ごはんを食べるようになったのです。
その結果、いつも満腹状態で、食事の支度ができて、声をかけても、部屋からなかなか出てこないことが多くなりました。
何度も声をかけて、ようやくテーブルに座っても、なかなか箸がすすまない様子でした。ひどい時は、部屋で食べた茶碗や皿を、隠していることもありました。
当然、インスリンや朝食前、朝食後の薬も完全に忘れています。このままでは、血糖値測定は何の意味もなくなり、糖尿病が心配になった私は「インスリンの効力が心配です。何か良い方法はないでしょうか?」と主治医に相談したのです。
インスリンにもいろいろ種類があるようで、その変更と単位の調整をしてくださいました。
感情の変化(怒りっぽい・わがまま)
私にも原因があるのかもしれませんが、私の言葉を、聞こえていても、あえて聞こえないふりをしていたり、無視するようになりました。
現在もそうですが、母は耳だけは問題ありません。小さい声で話していても、自分のことを話しているのではないか(被害妄想)と思うようです。
そして、頑固として自分の考えを主張することも多くなりました。親の権限と言ったところでしょうか。

母にとって、私はあくまでも子供であり、子供の世話にはならない(なっていない)と言う考え、親というプライドがそうさせていたのかもしれません。
とにかく、介護をしてもらっていることを認めない、私に素直にあまえない、私を頼ってくれない母でした。
しかし、私が、母の認知症を、なかなか受け入れられなかったように、母も自分が娘に介護してもらっているということを認めなかったのは理解できます。
血糖値の測定も、母が、よほど機嫌が良い時でなければ難しくなりました。「自分でできる!」と言い張り、なかなか測定させてくれません。
何度、言い合いをしたかわかりません。
そんな私に対する態度と真逆で、第三者(特にデイサービスのスタッフ)の前では人が変わったように、いつもニコニコしています。まるで、ちょっと生意気な少女のようです。
デイサービスの人に、自宅での私に対する母の言動を伝えると、「デイサービスではいつもご機嫌でニコニコされています。ご自宅でそんな感じと言うのは、信じられないくらいです。やはり娘さんには甘えがあるのでしょうね」とおっしゃいます。
甘えているから、そうなる・・私には、理解しにくいことでした。
お姑さんの介護をされていらっしゃる方も多いかと思います。それはそれで、本当に大変だと思います。しかし、実母だからこそ、また違った大変な部分があります。
この頃は、私なりに出来る限り母の介護をしていたのですが、精神的にかなりショックを受けていました。しかし、これはまだまだ始まりに過ぎなかったのです。
もっと後、母が自分で自分のことをだんだん出来なくなってくる頃から、幼い頃から見てきた母の変化に戸惑うことになるのです。
そして、もっともっと後に、私は、「いつもありがとう。こんなはずじゃなかったのに、ごめんね。」と言う母の言葉を聞き、涙することになります。
何でもないことから大事に至るかもしれない体調の変化
夕食に鍋の準備をしていて、私が少し台所を離れた時、母が鍋の味見をしていたようです。
普通に「どうしたの?」と声をかけた私に驚いたのか、母は咳き込んでしまいました。唐辛子が入っていたこともあり、しばらく咳が止まりません。
幸い落ち着きましたが、咳が尋常ではなかったので、そのまま窒息するのではないととても心配しました。
高齢になると、何でもないことから、重症になる可能性があると聞きます。とても注意が必要だと感じた出来事でした。