認知症の人に共感して接する「バリデーション療法」とは何か
認知症の人に共感して接する「バリデーション療法」とは何か
認知症の人とのコミュニケーションに効果的であると言われている、バリデーション療法があります。どんな療法なのか見ていきましょう。
認知症の人の感情に働きかけるバリデーション療法
バリデーション療法は、1963年にアメリカのソーシャルワーカーであるナオミ・フェイル氏が考案して生まれました。アメリカやヨーロッパを中心に、1万を超える施設で既にバリデーション療法を採り入れているそうです。
バリデーションとは、英語で「確認する」「強化する」という意味を持ちます。
この療法の目的は、認知症の人の訴えや行動の裏側にあるものは何なのかを考えて理解し、徘徊等の問題行動を減少させることです。認知症の人は喜怒哀楽の感情も失っていると思われていることが少なくありませんが、実は感情は失われていないことが明らかになってきています。
認知症の人は、持ち続けている感情に周りから働きかけられることで自尊心を取り戻し、不安感は減少し、周りと意思の疎通をはかろうとするようになるそうです。
たとえ話の内容が理解できなくても、相手がどんな風に話したか、自分の話を聞いてくれるかどうか等を認知症の人は理解できるとされています。
バリデーション療法の「5つのテクニック」「5つの態度」
バリデーション療法で使う基本的な「5つのテクニック」
- アイコンタクト:同じ目の高さで、真正面から認知症の人の目を見つめることで、信頼感を得ようとする方法。
- リフレージング:認知症の人の話の中で、大事な言葉を感情をこめて反復して言う方法。
- ミラーリング:認知症の人の行動や表情をそのまま真似することで、感情を合わせていく方法(認知症が初期である人は不快感を持つ場合があるので、通常は使わない)。
- カリブレーション:認知症の人の感情を真似して、一緒に怒ったり喜んだりして感情を近づけて理解する方法。
- タッチング:認知症の人の体に優しく触れて、近くに介護者がいることや安心感を伝える方法。
バリデーション療法で基本となる「5つの態度」
- 共感する:ただ表面的に話を合わせるのではなく、認知症の人の感情がどのようなものか深く観察し、介護者が合わせていく。
- 傾聴する:認知症の人の話にしっかり耳を傾けて、認知症の人自身が持つ「世界」を見せてもらうつもりで話を聞く。
- ごまかしたりうそをついたりしない:認知症の人の話を他へそらしたり、別のことでごまかしたりしないで、感情を受け止めて正面から向き合う。
- 受容する:認知症の人の行動には意味があることを常に考えて、「5つのテクニック」を活用して受容する。
- 認知症の人のペースに合わせる:介護者や施設側の都合で、認知症の人を誘導して行動を促したりしない。
認知症の人の問題行動には意味がある
バリデーション療法では、認知症の人が徘徊したり大声を出したりすることにもすべて意味があると考えて、認知症の人に共感して接することを大切にします。
認知症の人が生きてきた長い人生の中で、解決できなかった問題も少なからずあり、心の中に閉じ込めてしまった思いがあるかもしれません。心の中にそのような思いが残っていて、感情の変化や問題行動に現れるのではないかとも考えられています。
もちろん、過去だけでなく現在起きていることが原因になることもあるようです。例えば、周囲から傷つけられたり無視されたり、自分の役割がないと感じたり、感情が発散できなかったりする時や、愛情を受けていないと感じる時です。
しかし、周りの誰かがその思いに共感し受容することができれば、問題行動は消えていくのではないかと言われています。
バリデーション療法によって得られる効果
関西福祉科学大学の都村教授らが行ったバリデーション療法に関する研究があります。
都村教授らは認知症高齢者13名に対し、毎週1回30分程度、3ヵ月にわたってバリデーション療法を行いました。その結果、バリデーション療法を受けていない9名の認知症高齢者と比較して、13名の認知症高齢者は楽しさや満足感、物事への関心を抱く機会が増加し、怒りや不安感、悲しさを感じる機会は減少したことがわかったそうです。
また、バリデーション療法を行うことは、認知症の人だけでなく介護者や家族の助けにもなると言われています。認知症の人と意思の疎通ができれば、介護者や家族の負担を軽くすることができます。問題行動が減少すればさらに負担は軽減し、介護の仕事に意欲的に取り組めるようになったという人もいるそうです。
たとえ問題行動があっても、それには理由があることを介護者や家族が理解していると、より適切に対処できるようです。
バリデーション療法を用いた具体的な事例
バリデーション療法が実際にどのような場面で活用されているのか、事例をいくつか挙げておきましょう。
- 庭の土を食べてしまう
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ある施設では、入所している認知症の人が「庭の土を食べてしまう」という問題行動がありました。
認知症の周辺症状のひとつとして、食べ物ではないものを食べてしまう「異食」という問題行動がありますから、通常なら屋外へ出ないようにしてしまうところですが、長年農業に従事していたこの人にとって、土を食べることは意味のある行動であるとわかったのです。
農作業をしていた時、土の性質を調べるために土をなめてみることがよくあったため、つい土を口にしてしまったようでした。そこでその施設では、土を食べても問題がないよう、施設の庭に使用済みのコーヒー豆の粉をまくようにしたそうです。
- 母親が待つ家に帰りたい
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母親が待つ家に帰りたいという認知症の人の場合は、介護者が一緒に出掛けていくという方法があります。母親は亡くなり家はなくなったという事実を告げても症状は良くならないので、本人の気持ちに共感し共に行動するのです。
認知症の人が「家に帰る」と言えば、「ここが家ですから帰る必要はない」と言葉を返すのではなく「帰らないといけないのですね」「家では誰が待っていてくれるのですか」などと介護者が応え、本人の思いを引き出して共感する方法です。
- 部屋の中に誰かが入ってきた
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認知症の人が、「部屋の中に誰かが入ってきた」と訴えるような時に、「本当ですね。いったい誰でしょうね」と答えるだけでは、認知症の人はごまかされたと思ってしまうそうです。
「その人は、部屋のどこにいますか」「あなたが知らない人ですか。どんな人ですか」と聞き返して、認知症の人には見えている「世界」について話をしてもらい、感情を理解しようとするのもひとつの方法です。
バリデーション・ワーカーの資格取得者が増加中
日本国内でバリデーション療法を広める活動を行っているのは、「公認日本バリデーション協会」です。
この協会が開催する講座を受講すれば、実習や課題提出、試験を経て、「バリデーションワーカー」という専門的な資格を取得することができます。講座は1年間に数回開催されていますが、受講料が30万円ほど必要であるにも関わらず、キャンセル待ちをしないとなかなか受講できない状況で、バリデーション療法への関心が高まりつつあるようです。
バリデーション・ワーカーの資格を取得した後は、さらに上級の「バリデーション・ティーチャー」という資格も取得できるそうです。
資格取得者が増えて、より多くの介護の現場でバリデーション療法が行われるようになることが期待されています。