本人へ告知するかどうか
本人へ告知するかどうか
認知症がわかったとき、それを本人に告知するべきでしょうか。多くの人は、告知するべきではない、告知などできない、と思われるかもしれません。
「知ってよかった」と思う人、「知りたくなかった」と思う人
認知症初期のころには、本人にまだまだ自覚があるため、たとえ告知したとしても、認知症であることを受け入れなかったり、あるいは進行時期によっては「年寄り扱いしている」と怒り出したりするかもしれません。あるいは受け入れたとしても、そのショックから認知症が進行してしまう場合もあるようです。
本人の感情は周囲の人に比べて、より恐怖感と不安感が深く、起伏も大きいことでしょう。周囲の人の感情とは比較にならないほど、敏感なようです。
実際に告知した結果、「知ってよかった」と思う人とショックのあまり「知りたくなかった」と思う人がいるようです。
告知して、あえて不安にさせる必要はない
告知しないと治療ができない状況でないなら、一般にはわざわざ告知をして不安にさせる必要はない、という意見の方が多いようです。これは認知症が親族で発症した方たちの多くの意見です。
ただし、「なぜ自分はここまで物忘れが酷いのか」と本人の不安や混乱が大きい場合には、それを取り除く意味で、事実を説明するのが重要な場合もあるかも知れない、という見解もあるようです。
事実を説明して理解してもらったうえで、薬を飲むなどの治療を行っていくということです。
いずれにしても、たとえ事実を告知したとしても、多くの場合認知症の進行とともに告知されたこと自体忘れていってしまうことが多いようです。
筆者は告知しませんでした
当サイトの筆者の場合、父が認知症になったときには、結局告知はしませんでした。いえ、できませんでした。
本人はそのときアルツハイマー型認知症だったと思いますが、作話をしたり、急に怒り出したり、3分おきに同じ話を何度もしたり、物取られ妄想があったりなど、典型的な認知症の症状がいくつもありました。そうした状態に本人が戸惑い、不安の中にいました。
かかりつけ医から「物忘れの薬」などとしてアリセプトを処方されていて、本人も薬を飲まないと不安だと漏らしていました。つまり、本人は自分の異常に感づいていたのです。
それでも筆者は、認知症だとは告知はできませんでした。理由は、「このうえはっきりと告知をすることで、父の感情がより不安定になるのではないか」「感情が爆発してより周囲の世話が大変になるのではないか」と思ったからです。
つまり、告知した結果、よりひどい状況になるのが怖かったのです。それと同時に、いまさら何のために告知をするのか、その目的も見つかりませんでした。
本人は既に事実を感じとっていて、不安で薬を手放せないでいるのですから。それ以上はっきりいうのは、不安な気持ちにトドメをさすようなものです。そして、本人が認知症だとわかったところで、心の平安が訪れるとはとても思えませんでした。
結局父は、認知症とは関係のない疾患で亡くなりました。認知症の症状としては初期から中期あたりをうろうろしている状態だったと思いますが、「認知症については不問に付された」感じです。
筆者の体験では、「結果的に告知しないでよかった」「本人の感情を必要以上に荒立てないでよかった」と思っています(よかったと思っているのは筆者の中だけであり、本人は十分にショックを受けていたかもしれませんが、そのショックな気持ちを、筆者はどうすることもできませんでした)。