意味性認知症
意味性認知症
認知症はいくつかの種類に分類されますが、認知症のうち約1割を占める前頭側頭型認知症のひとつに「意味性認知症」があります。意味性認知症は、2015年に国の難病指定を受けた「前頭側頭葉変性症」のひとつです。どのような認知症なのでしょうか。
言葉の意味がわからなくなる
意味性認知症では、脳の側頭葉の前部が萎縮し、言葉の意味がわからなくなります。
言語の中枢は左脳にあるので、左側の側頭葉の前部が萎縮していることが多いそうです。この部分にTDP-43というたんぱく質が蓄積することにより、神経細胞の性質が変化して意味性認知症を発症すると考えられているようです。
言葉の意味がわからなくなることを「語義失語」といいます。
例えば、「エプロンは?」と質問すると、「エプロンって何ですか?」と、あたかも聞いたことがない言葉のように聞き返してきます。また、団子を「だんし」、七夕を「しちゆう」と読んだり、「ちりも積もれば」のあとに続く言葉がわからない等の障害も見られます。
アルツハイマー病と違って、たとえヒントがあっても言葉の意味を思い出すことはできません。
自分で使うことができる道具(例えば、のこぎり、ハサミ等)であっても、その名前を忘れてしまいます。日頃はあまり使わない言葉ほど、初期の段階で忘れることが多いようです。
しかし、普通に発声して話をすることは可能であり、自分が聞いた言葉を繰り返して言うことはできます。言葉には文法的な誤りも見られないようです。
同じことを繰り返す、時刻表的行動、問題行動、食行動の異常
愛媛大学の元教授である故・田辺敬貴氏によると、意味性認知症は1期から3期までの病期に分かれているそうです。病期ごとの症状を挙げておきます。
- 【1期】
- 語義失語はありますが、本人に病感(何かおかしいという病気の感覚)は残っています。
- 【2期】
- 病感はなくなり、語義失語が著しくなります。他者にお構いなく「わが道を行く」ような行動や、強いこだわりを持って同じことを繰り返す行動(常同行動)が現れます。
- 【3期】
- いくつかの限られた単語だけを、繰り返して話すようになります(残語状態)。自分から行動しようとすることも少なくなります。
2期で見られる常同行動には、例えば同じ経路の道を歩き続ける(徘徊ではなく周徊)、同じ文字を紙に書き続ける等があります。まるで判を捺したように同じ時刻に散歩するような「時刻表的行動」もあります。社会のルールを守るという認識がなくなり、万引き等の問題行動を起こしてしまうこともあります。
意味性認知症が進行すると、食行動にも異常が見られるようになり、虫や大きな人形を口に入れようとした人もあるそうです。このような行動は、虫や人形を食べるためではなく、物を口に入れることで確かめようとするため起きるとのことです。
また、相貌失認(そうぼうしつにん:顔を見ても誰なのかわからないこと)や環境音失認(動物の鳴き声や物音がわからない)等の症状が現れることもあるとされています。
意味性認知症の正しい診断は困難
意味性認知症の診断を行うには、CTやMRI検査の画像診断で前頭側頭葉の萎縮の有無を確認し、診断の基準となる項目の確認が行われるそうです。初期の段階では脳の萎縮があまり見られないことも少なくないので、脳の機能変化を調べるSPECT検査やPET検査を行う場合もあるようです。
診断の基準となる主な項目を挙げておきましょう。
- 物の名前や意味がわからなくなり、日常生活に支障が出ている。
- 物の名前が正確に読めない(例えば、七夕を「しちゆう」と読む)。
- 65歳以前に発症した。
- 意味性認知症以外の認知症やうつ病等の精神疾患ではないことが明らかである。
難病指定による医療費の助成を受けるためには正確な診断が必要ですが、実際には診断を行う医師や患者家族の主観に頼らざるを得ない部分も多く、今の段階では正確な診断は容易ではないとされています。
薬物療法や作業療法
意味性認知症については解明できていないことが多く、治療の方法も明らかになっていないというのが現状です。個々の症状を抑える対症療法を中心に行いつつ、効果的な接し方を模索していくことになります。
対症療法に使用する薬物についても、まだ本格的な研究は行われていないようですが、同じことを繰り返す常同行動や食行動の異常にSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)という抗うつ剤が有効であるとされています。
薬物療法の他には、作業療法も行われているようです。同じ行動を繰り返す常同行動を問題行動と考えるのでなく、行動のリズムを一定化して日課にすることで、落ち着いて生活することを目指すやり方です。日課の中に組み込む作業には、折り紙や掃除、体操や踊り、園芸等、本人の好みに応じた娯楽等もあるようです。
また、失われた言葉の意味を回復させる「語彙再獲得訓練」が熊本大学の臨床心理士である一美 奈緒子氏らによって行われ、一定の効果があったことも報告されています。
言葉以外の方法でもコミュニケーションをとる
治療の他に、家庭や施設の生活の場での接し方も重要なようです。
意味性認知症が進行すると言葉の数は減ってしまいますが、表情や声の調子等から本人の気持ちを理解するよう心掛けて、周りとのコミュニケーションがとれるように働きかけることが大切です。
使える言葉の数が限られてきて話す頻度が少なくなっても、口を動かす機能が低下しないよう、できるだけおしゃべりを促すことも必要です。
言葉でのやりとりだけに頼らなくても済むように絵カードや写真等を用いて、目で見て理解できる方法をとり入れることも効果的であると言われています。例えば、入浴の時間になればお風呂の写真、食事の時間には食堂の写真や本人の好きな食べ物の絵カードを見せるような方法です。