入所待ちの特別養護老人ホームが、実は空いているのはなぜか
特別養護老人ホームといえば、入所待機者が多くてなかなか入所できないと考えている人が多いでしょうか。ところが意外にも、空きがある特別養護老人ホームがいくつもあるそうです。なぜそのような状況になっているのでしょうか。
特別養護老人ホームは入所一時金不要、月額も負担少ない
特別養護老人ホームは全国に約9,500カ所あり、約57万人の入所者が暮らしているそうです。特別養護老人ホームは、地方公共団体や社会福祉法人が運営していて、民間の老人ホームと違って入所一時金が不要で、月々の費用も負担が少ないという特徴があります。
特別養護老人ホームには公的な補助金が投入されていますが、その他の老人ホームは公的補助に頼らず民間企業が運営しています。
ユニット型(個室タイプ)の部屋が増えている
特別養護老人ホームでは、従来は多床型(ひとつの部屋にベッドが複数あること)の部屋が主流であり、月々の費用は8~9万円程度でした。ところが、2001年以降に、ユニット型(個室タイプ)の部屋が増えています。
ユニット型(個室タイプ)の部屋は、多床型と比べて光熱費や設備の管理費が余分にかかり、月々の費用が12~14万円程度になります。
約1.5倍も高くなったことになりますから、入所者の年金では費用が賄えない場合も出て来ます。
民間の老人ホームの場合は、入所一時金が数十万円以上と高額な場合も多く、月々の費用は最低でも20万円前後はかかるとされています。
ベッドが複数ある多床型の部屋では、入所者同士のプライバシーが守りにくいものです。
睡眠中のいびきや排泄介助を受ける際の臭気等、入所者が快適な環境を保てなかったり、面会に来た家族が気がねなく過ごせないこともあるようです。
そこで、福祉の先進国であるスウェーデンの方法を採り入れて、厚労省がユニット型の居室を推進するようになったのです。
また、特別養護老人ホームの職員は、多床型のときよりも多くの部屋を移動しながらケアを行うため、負担が大きくなり、ゆえに入所者が負担する費用も高くなってしまいます。
原則、要介護3~5の人しか入れない
特別養護老人ホームの入所待機者が増加する中で、より要介護度が高い人を優先するために、2015年度より国が制度を変更しました。
原則として、要介護3以上でなければ特別養護老人ホームには入所できなくなったのです。
下記のように、制度の変更の前後で特別養護老人ホームの待機者数(申込者数)には明らかな減少が見られます。
- 2014年(平成26)3月:申込者総数 524,000人(そのうち、要介護1~2の申込者数 178,000人。全体の34% )
- 2017年(平成29)3月:申込者総数 366,000人(そのうち、要介護1~2の申込者数 71,000人。全体の19% )
※但し、要介護1~2の申込者数は自治体ごとの把握が不充分であるため、上記の数字は必ずしも正確ではないとされています。
要介護1・2でも特例で入所できる場合
要介護1~2の場合でも、特例として入所できる場合があります。特例入所が認められるための、下記のような基準があります。
- 認知症や知的または精神障害のため、在宅での生活が非常に困難であること。
- 家族から虐待を受けていることが疑われるため、在宅では心身の安全が確保できないこと。
- 独り暮らしであること。
- 家族が同居している場合でも、家族が高齢、病弱等の理由で支援が受けられない場合。
- サービスさえ受けたら在宅可能な状態であっても、介護サービスや生活支援が整っていない地域に住んでいること。
特別養護老人ホームへの入所を認めるかどうかの判断は、市町村の関与も受けて、入所の申込先の施設が行うとのことです。
認知症の人の場合、体を動かせる場合の介護度は2以下と判定されることが多く、特例が認められなければ入所できないことになります。
実際、認知症になると火の始末ができなくなったり、薬を間違って飲んだり、飲み忘れたり、物忘れ・認識力が急激に落ちてきたりしますが、特に他人から見ると、正常な状態と見分けがつかない症状も多く、家族や介護する人が非常に大変な思いをする時期でもあるのに、その助けになっていないようです。
特別養護老人ホームの入所のルールと現実との間に大きなギャップが生じています。
職員数の不足、入所者対応の困難さ
一般的に、入所施設では常に人手が不足していると言われています。
24時間の勤務を交替で行い、年末年始も関係なく勤務する厳しい状況でありながら、待遇が充分に整っていない等の理由で離職者が多いせいでもあるようです。
特別養護老人ホームでは、入所者3人に1人の職員を配置するよう義務づけられていますが、職員数が不足しているとその基準が満たせないため受け入れられず、結果的にベッドが空いてしまうのだそうです。
また、認知症であったり、医療的なケアが必要な入所者の場合、スキルが充分ではない職員では対応が難しく、入所者の受け入れを見合わせる場合もあるようです。
特に認知症の人が増加しているため、職員のスキルアップや、職員自身の心身のケアの必要性も高くなっています。
特別養護老人ホームに限らず、職員のスキルや意識の向上、職場環境の改善は、施設内での虐待防止にもつながる非常に大切なことであると言えます。
特別養護老人ホームの経営の厳しさ
当然のことですが、入所者が確保できず空きがある状況では、得られる収入も減少して経営面にも影響が出てしまいます。
例えば、介護福祉士の有資格者を一定数採用することで、国からの介護報酬が加算されるような制度(加算制度)というものがあり、これを適切に活用している特別養護老人ホームもあるようです。
しかし、職員を採用しても辞める人が多く、継続して加算が受けられない問題もあるようです。
実際には、特別養護老人ホームが病院等に営業活動を行うこともあるそうです。在宅復帰が困難な入院患者の退院後の受け皿として、特別養護老人ホームを活用してもらうための営業活動です。
ベッドが足りず他から借りるところもあれば、職員も入所者も不足しているところもある
2030年までに高齢者が20万人以上増加するのは、大都市圏だけに限定されているそうですが、東京23区やその近辺において、特別養護老人ホームの「ベッド買い」が横行して問題化しているようです。
「ベッド買い」とは、地元では入所できない入所待機者が別の自治体の特別養護老人ホームに入所できるよう、補助金を支払ってベッド(入所枠)を確保するという方法です。
しかしその一方で、過疎化が進行して入所希望者も減少しつつある地域でも特別養護老人ホームが一律に新設され、職員不足・入所者不足という状態に陥ってしまい、政策のミスマッチを指摘する声もあるようです。
現状に即していない?国の政策
待機者が多かった特別養護老人ホームの問題解決の手段として、補助金ほか多くの特典をつけて国が建設を推進したサ高住(サービス付き高齢者住宅)では、260件もの廃業があったことが2017年3月に報告されています。
受容と供給のバランスが崩れた結果ではないかと指摘する専門家もいるようですが、特別養護老人ホームについても同様のことが起きないよう、制度のあり方や実際の状況について国や自治体が改めて情報収集し、目前まで来ている超高齢化社会に備えるべきではないでしょうか。