【30代で発症】若年性認知症だが仕事を継続し、認知症相談窓口も開設2

【30代で発症】若年性認知症だが仕事を継続し、認知症相談窓口も開設2

「認知症の人と家族の会」への入会

丹野さんは、若年性認知症の診断を受けた直後、どこかにすがりたいという思いと、今後の丹野さんを支えなくてはならない奥さんの助けにもなればという思いで、「認知症の人と家族の会」を訪ねてみようと思ったそうです。

通常、認知症の診断を受けてから介護保険サービス等の社会的支援を受けられるようになるまでに、不安に戸惑い悩む期間を過ごす人が多いようです。この期間のことを「空白の期間」と呼ぶこともあるそうですが、先が見えにくく孤立してしまうことが多く、仕事も失って経済的にも困窮することも多い辛い時期だそうです。

「認知症の人と家族の会」を訪ねてみると、最初は場違いな感じがして、このような会に若い自分が馴染めるわけがないと思って落胆したそうです。

なぜなら、会員として集まっている人の多くはお年寄りであり、丹野さんの親の世代にあたる人たちがほとんどだったからです。若くして認知症になると、体力もプライドも人一倍ありますから、落胆するのも無理はありません。

 

多くの不安を乗り越えて元気に活動している

ところが、丹野さんが自分の話を始めると、会員の誰もが真剣に耳を傾けて共感してくれたので、驚いたそうです。

会員はみんな明るく穏やかな笑顔を浮かべていて、苦しさを感じているような人などないように見え、とても元気そうだったのです。当事者や家族であるからこそ、症状や薬のことを理解してくれるだけでなく、しっかりと気持に寄り添ってもらえることに気がつきました。

自分より何年も前に認知症の診断を受けた人が、多くの不安を乗り越えて元気に活動している様子を見て、丹野さんも希望を持つことができたようです。

職場で認知症のことを打ち明けても、励ますつもりで返ってきた言葉が気に障ることもありましたが、それはたぶん仕方のないことだったのでしょう。職場の人達もまた、丹野さんのことを思って懸命に言葉をかけてくれたはずですが、認知症という同じ立場である人達にかなわないのは当然ではないでしょうか。

 

相談窓口「おれんじドア」を開設、実行委員会代表を務める

丹野さんは仕事を続けながら、入会した「認知症の人と家族の会」の活動にも参加するようになり、講演活動もするようになりました。

平成27年1月に政府が打ち出した「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」の策定を受けて、安倍首相とも意見交換する機会を持ちました。「新オレンジプラン」では、認知症の人の視点を重視し、若年性認知症の人への支援を強化することが柱となっています。

丹野さんが暮らしている仙台市が「認知症ケアパス」という冊子を作成した時も、認知症当事者として市から意見を求められて、作成に協力をしたこともあったそうです。

認知症の人とその家族は、どちらも元気にならなくてはいけないし、認知症の人どうしで支え合って、一緒に不安を乗り越えていきたいという強い思いを抱き、いろいろな活動の延長線上で、丹野さんは認知症の人の相談窓口である「おれんじドア」の活動を開始しました。平成27年3月のことです。

発起人の丹野さんの他に、「認知症の人と家族の会」の会員、宮城県の「認知症ケアを考える会」の関係者や医療・福祉従事者も、一緒に活動を行っています。

おれんじドアは、認知症の人が最初の一歩を踏み出すためのドアであるそうです。認知症の人の居場所ではなく、これから前へ進んで行くために開けるドアです。認知症の人自身が認知症の人の相談窓口になるというのは、全国でも初めてのことだそうです。

 

おれんじドアの活動内容

現在、おれんじドアの活動は、月に1回行っているそうです。仙台市にある東北福祉大学のステーションキャンパス内にあるカフェが会場になっています。

平均すると、1回に2~3組の人が相談に訪れているそうで、まだ認知症の診断が確定していない人や、診断を受けた直後の人、介護保険のサービスを受けていない人が半数程度いるそうです。

会場へ相談に訪れた人の名前も話の内容も記録はしないで、ざっくばらんに話し合いをしますが、認知症の人と家族は別々に相談を行い、個別相談にも応じているとのことです。

無理に発言を求めたりもしませんから、他の人の話に耳を傾けるだけでもいいそうです。家族と別々に話を聞くと、認知症であっても普通に話せる人も少なくないようです。相談内容によっては、利用できるサービスや地域の情報も提供しているそうです。

認知症という同じ立場にある丹野さんに相談できることで、参加した人からは

  • 気持を共有してもらえて嬉しかった
  • 今後の生き方に道筋ができて、望みが持てるようになった
  • 決してひとりではなく、仲間がいて心強いと思った

という声が寄せられているようです。

 

若年性認知症でも、すぐに何もできなくなるわけではない

認知症になると、職場にい辛くなって辞めざるを得ない人が少なくないそうです。厚生労働省の調査によると、若年性認知症の約8割の人が仕事を失っているとのことです。

しかし、認知症の診断を受けたからといってすぐに何もできなくなるわけではなく、勤務時間を短くしてもらったり、どうしてもできないことだけ助けてもらったりすれば、丹野さんのように働き続けられるのです。認知症といえば徘徊したり暴れたりするものと思われていることがありますが、誰もがそうであるとは限らないそうです。

丹野さんは、会社を辞めて社会と離れてしまうと、生きがいを失ってしまうだろうと話しています。家で何もしないでいると、どうしても引きこもってしまうだろうし、うつ状態になったり、認知症が進行してしまったりするかもしれないと思うそうです。これは、丹野さん自身が認知症の進行が阻止できていると確信しているからこそ出てきた言葉ではないでしょうか。

 

1日ごとに笑顔で楽しく過ごすことで、認知症を阻止できるか

もちろん、将来のことを考えると怖くなるというのも本音だそうで、敢えて短いスタンスで物事を考えるよう心掛けているとのことです。1日ごとに笑顔で楽しく過ごせば、認知症の進行は阻止できるのではないかと考えているそうです。

400人近くもの顧客を抱えていたほどの丹野さんは、営業の実力があるという以前に、周りの人を大切にすることができる人なのではないでしょうか。人の気持ちに寄り添い、人を惹きつけることができる力や熱意で、自分自身や他の認知症の人達が置かれた逆境とも言うべき状況を、笑顔に変えることができているのでしょう。

【30代で発症】若年性認知症だが仕事を継続し、認知症相談窓口も開設1へ