認知症率を低下させることに成功したイギリスの方法
認知症率を低下させることに成功したイギリスの方法
イギリスでは20年間で認知症の人が減少したそうです。どういうことなのか、詳しく見ていきましょう。
CFAS研究で明らかになったイギリスでの認知症有病率の減少
日本に限らず、海外でも認知症の増加が問題になっていて、今後40年間で先進国では約2倍、新興国では約4~5倍に増加するとの見方もあります。しかし驚いたことに、2013年のイギリスのLancet誌によると、イギリスでは20年間で認知症が2~3割減少したとのことです。
イギリスでは、20年以上前から住民を対象とした「CFAS研究(Cognitive Function Ageing Study)」が継続して行われていて、それによって認知症が減少したという結果が得られたそうです。
CFAS研究は、第一部(1989年~1994年)と、約20年後の第二部(2008年~2011年)に分けて、イギリス国内の3つの地域の住民(いずれも65歳以上)を対象に行われました。
第一部では、約7,600人の住民から健康状態や生活状況、社会経済学的因子等について聴き取りを行い、そのうち1,500人については、認知症であるかどうかの診断も行われました。第二部でも約7,800人の人を対象に、同じ内容の聴き取りや診断が行われました。
これらの研究・調査の結果、第一部では認知症の有病率が8.3%と推定されたのに対し、第二部では6.5%と推定され、明らかに有病率が減少していることが明らかになりました。
しかし、男女別に見ると、女性は認知症の有病率は高い状態のままで変化がなく、男性の有病率が下がっていたそうです。また、介護施設で暮らす人々の有病率は上昇していたとのことです(56%→70%)。
20年前の認知症の有病率は、日本もイギリスもほぼ同じくらいだったようですから、イギリスで20年後に有病率が低下しているのに対し、日本では上昇していることから考えると、高齢化だけが有病率上昇の原因ではないと言えそうです。
そして、その原因こそが認知症の予防につながるものであると考えられるかもしれません。
イギリスの国をあげての禁煙・減塩・予防の取組み
実はイギリスでは2005年から、認知症予防のために心臓病の治療を行うという取り組みを行っています。「心臓病の治療で認知症を予防」という標語も作られています。この取り組みの内容を見ていきましょう。
禁煙の推進
BBC(英国放送協会)のホームページには、双子の女性の写真が掲載されています。写真を撮った時は22歳であった彼女らが40歳になったとき、喫煙する姉と喫煙しない妹では容姿の違いがどれだけ現れるかを示すものです。容姿の変化だけでなく、喫煙によりリスクが増大する心臓・血管の病気を予防する観点からの政策だそうです。
イギリスでは煙草1箱が1300円程度で、日本よりもかなり高価です。喫煙する人の割合は日本とあまり変わらないそうですが、喫煙する本数は日本の3分の1程度であり、価格も影響しているようです。
減塩の推進
国民に減塩を呼びかけるだけでなく、国が食品を製造する業界に働き掛けて、例えばパンの場合は3年間で10%の減塩に成功したそうです。イギリスの店頭に並ぶ食品に表示されている塩分(食品100gあたり)は、例えばトマトケチャップでは1.8gで日本の約半分、食パンでは1gで日本の約8割だそうです。
料理に使う塩を減らしても加工食品に多量の塩が入っていますから、減塩するのは簡単ではないわけです。パンや調味料はもちろん、ハム・ソーセージや練り製品、インスタント食品等にはかなりの塩分が入っています。
イギリス政府は食品ごとの減塩目標値を定めたそうですが、当然ながら、企業からは味や保存性の低下を理由に反発がありました。しかし、「人は6週間あれば薄味に慣れる」という研究結果を示した研究者のおかげで、少量ずつ段階的に減塩し、目標値を達成できたそうです。
驚いたことに、消費者である国民は加工食品の減塩に気づかなかったとのことです。減塩に成功した結果、心臓病の患者が減少して医療費は毎年2,600億円削減できているそうです。
診療報酬の制度
日本の医療では、病気を予防することは医療行為と見なされず、診療報酬が得られないことがほとんどです。しかしイギリスでは、予防医学の観点から患者に指導を行う医師に、診療報酬を支払う制度があるそうです。
病気を予防するために血圧や血糖値等を定期的に測定し、悪化することなく維持できれば診療報酬が得られる等、医師に病気の予防にも重点を置くよう促す制度は非常に意味があると言えるでしょう。
早い時期からの減塩が認知症の予防につながる
人間が必要とする塩分は1日3g程度だそうで、1日に1gしか塩を摂らないとされているブラジルのヤノマノ族には、高血圧の人はいないそうです。
とはいえ、あまり急激で極端な減塩は、食欲低下につながったりして逆効果になる可能性もありそうですから、段階的に減塩することが望ましいと言えます。
九州大学の研究者が実施している疫学調査である「久山町研究」でも、高血圧と認知症との関係が明らかにされています。この研究では福岡県久山町の住民が対象とされていて、軽い高血圧の人でも、血圧が正常値である人の4.5~6倍も血管性認知症になる人が多く、重い高血圧の場合では5.6~10.1倍にもなることが報告されています。
しかも、老年期で高血圧になった人よりも、中年期から既に高血圧だった人の方が、認知症になりやすいとのことです。
なお、アルツハイマー病と高血圧との関係は、この研究では明らかにならなかったそうです。
早い時期からの減塩への取り組みとして、広島県の呉市では学校給食で減塩目標値を定めており、子供達にも好評だそうです。人間の血圧は20歳頃から高くなり始めるものだそうですが、高血圧になる前からの減塩により、上昇の度合いを小さくすることが可能であるとされています。
認知症にもつながる高血圧の予防のために、子供の頃から減塩を意識した食生活を送っても、決して早過ぎるということはないでしょう。
生活習慣病の管理が認知症の予防につながる
イギリスの国を挙げての取り組みが成功して認知症の有病率が低下していることから考えても、改めて、生活習慣病と認知症との関係を意識して対処する必要がありそうです。
脳はヒトの体重の2.5%しか重量がないのですが、血液の全体量の20%を必要とするそうですから、脳へ充分な量の血液を送るためにも、血管や心臓が正常に機能していることが必要不可欠です。
特に血管性認知症の場合は、脳卒中の予防が何よりの予防策であると言えます。
しかも、アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症も、高血圧や糖尿病等と密接に関係があることもわかってきたそうです。
2009年にフランスのリール大学で行われた研究では、アルツハイマー病の診断を受けた300人を対象に、生活習慣病(高血圧、糖尿病、脂質異常症等)の管理が行われていたかどうかで3つのグループに分けて、2年半にわたって経過観察を行いました。
ミニメンタルエステート(MMSE)という認知症の評価方法によって選ばれた、「かろうじて自立して生活しているものの、認知機能障害が進んでいる」という状態の人が研究の対象になりました。
その結果、生活習慣病をすべて適切に管理していた人達は、2年半後も自立した状態がほぼ維持できていましたが、生活習慣病を全く管理していなかった人達は、補佐人や後見人が必要な状態にまで認知機能が低下してしまっていたことが明らかになりました。
認知症であることで生活習慣病の管理が難しくなることも
生活習慣病が認知症の原因になる場合が少なくないということは、当然ながら、認知症の診断を受けた人が生活習慣病をも抱えている場合が多いということになります。
認知症の診断を受けてからも生活習慣病の治療や管理を併行して行えばいいようなものですが、実際、認知症の方をより重大な病気と考えて治療に重点を置き、生活習慣病の治療や管理は二の次になってしまうこともあるのではないでしょうか。
これは、認知症という病気が周りに及ぼす影響の大きさを考えたら、ある程度は止むを得ない部分があるかもしれません。
例えば、生活習慣病の管理のために血液検査を行う必要があっても、認知症の人の場合は採血自体に抵抗を示すこともありそうで、そうなると検査ができません。
例えば、認知症の周辺症状である徘徊を怖れるあまり、できるだけ屋内で過ごすように働きかけることで、運動や脳への刺激が不足する状態になってしまうこともあるでしょう。
また、本人の生活習慣病への理解が困難となって、塩分や栄養面が考慮できていない、本人の好みを優先した食事に偏ってしまう可能性もありそうです。認知症は脳の神経細胞が変性する病気であるため、食事のカロリーや塩分は無関係であると考えてしまう人もあるかもしれません。
生活習慣病の初期から充分な管理をして認知症を
認知症を確実に予防するためには、生活習慣病の症状が現れ始めた初期の段階から充分な管理を行うことが非常に重要であると言えます。
生活習慣病とひと口に言っても、人により病気の種類も程度もまちまちです。それぞれに合った管理や治療を受けて、それでも認知症になってしまった場合は、生活習慣病も含めて適切な医療が受けられることが求められています。
また、新薬の開発をはじめとする研究や介護の問題等、認知症になってしまってからの対策だけでなく、イギリスのように国を挙げて認知症を予防する取り組みを、わが国でも早急に検討する必要があるのではないでしょうか。