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オランダの認知症の人のための村「ホグウェイ」

オランダには、認知症患者の村とも呼ばれている「Hogewey(ホグウェイ)」という先進的な施設があります。

ホグウェイは、認知症の人だけが入居できる施設で、介護士たちといっしょに暮している施設です。どんな施設なのでしょうか。

認知症の人の施設であるホグウェイが創設された背景

ホグウェイを経営しているのは、ヴィヴィウム・ケアグループというオランダの企業で、首都アムステルダムの中心部から南東へ25キロほど離れたヴェースプ市にあるのどかな田園地帯に、2009年に開設されました。

ホグウェイは、元はごく一般的な介護施設だったそうですが、その施設の介護スタッフだったイボンヌさんたちが「病院のような施設ではなく、いつの日か自分自身も生活したいと思うような施設にしたい」と考え、建て替えてホグウェイを開設したそうです。

建て替える前は、6階建ての建物の廊下に個室が並び、各ドアは施錠され、ゆったりした共用スペースもなく、とても入居者が安らげる場所ではなかったそうです。そして、入居者への投薬量も多かったようです。

イボンヌさんは、元の施設の経営にもかかわっていたそうです。

イボンヌさんの両親は認知症を患っていたそうですが、適切なケアを受けることなく亡くなってしまったとのことで、そのような辛い体験からホグウェイを発案し、開設を実現させたそうです。

 

ホグウェイは認知症の人の村である

ホグウェイの敷地は約1ヘクタールあり、東京ドームのグラウンドの8割程度の広さです。

敷地の周りは塀で囲まれていて、入居者は自由に出入りすることはできませんが、施設そのものがひとつの村みたいなもので、スーパーはもちろん、美容院に映画館、スポーツジム、レストラン等、生活に必要なほとんどのものが揃っています。

公園や広場、噴水等も整備されていて、入居者は自由に過ごすことができます。

村と言うより、まるでどこかのテーマパークのような景観で、とても認知症の人の施設には見えないため、見学に訪れた人は誰もが驚くそうです。

施設内の店等で何かトラブルが起きたとしても、スーパー等で働く人も全員が介護士であるため、問題なく解決できるようになっています。

時には、入居者が財布を忘れて買い物に出かけてしまったり、入居者どうしでちょっとしたトラブルが起きたりすることもあるようですが、そんな場合でも、買った物の支払いについては介護士があとで精算の処理をし、トラブルの場合は、介護士が入居者の注意を他へそらして、適切に誘導することができるようになっています。

 

ホグウェイはユニット制で、費用は社会保障で賄われる

ここで暮らす入居者数は152名で、平均年齢は83歳、介護士の数は250名です。入居者6~7名でひとつの「ユニット(少人数のグループ)」を組むので、全部で24のユニットがあります。

日本の施設であれば、多くは1~2ユニットで運営されるので、24ユニットといえばかなり大きな規模です。

ユニットごとに居住棟が分かれていて、入居者は各居住棟で1~2名の介護士と共に暮らしています。居住棟には、入居者の個室の他にリビングやキッチン等の共用スペースがあります。

入居費用は月額5,800ユーロ(日本円で約70万円)で、居室代と食費、医療費、介護費用が含まれているそうです。この費用は、他の24時間介護付き施設より、かなり安く設定されているとのことです。

オランダには充実した社会保障制度がありますから、費用は制度で賄われますが、入居者の資産状況により一部は自己負担になるようです。

自力で食事ができなくなった場合でも、胃ろうや経鼻胃管等の経管栄養(鼻や腹部から、胃へチューブを入れて流動食を入れる処置)(へリンク)は行わず、延命処置なく自然に看取りを行うということです。

 

入居者のライフスタイル(生活歴)を大切にする7つのユニット

入居者がこれまでの自分のライフスタイルに合わせてユニットの種類を選べることも、ホグウェイの大きな特色です。

人によって育った環境や生活観、文化、趣味等は異なるものですから、少しでもその人らしく生活できるように、似通ったライフスタイルや価値観を持つ人どうしで、同じユニットを組むようになっています。

ホグウェイでは、その人らしさを大切にすることを常に念頭に置いているのです。

ユニットには、次の7種類があります。

  1. トラディショナル(オランダの文化や伝統を大切に暮らす人)
  2. クリスチャン(キリスト教に深い信仰を持つ人)
  3. アート(音楽や美術等の芸術を楽しみたい人)
  4. セレブ(裕福な上流家庭で暮らしてきた人)
  5. アットホーム(家庭生活を大切にし、家事を楽しんできた人)
  6. インドネシア(旧オランダ領であるインドネシアで生活していた人や、インドネシア系の人)
  7. アーバン(都会的な生活が好きで、例えばカフェやレストランでの食事を楽しみたい人)

ユニットごとに、居住棟の中の様子もそれぞれ違うようです。

例えば、クリスチャンの入居者が暮らす居住棟では、あちこちに十字架が掲げられていたり、セレブな入居者が暮らす居住棟には、シャンデリアや豪華な家具が置かれていたりするそうです。

ユニットとは別に、園芸や音楽、料理、サイクリング等の25種類ものクラブもあり、入居者は思い思いの活動が楽しめるそうです。

 

認知症の人ができないことでなく、できることを大切にする

ホグウェイでは、施設内の設備や入居者に合ったユニット制だけでなく、介護士が行うケアも高く評価されているそうです。

創設者であるイボンヌさん自身が、勤務していた介護施設での経験や知識により、認知症の人がライフスタイルを大切にして暮らすことが効果的な治療につながるということを深く理解しており、介護士たちも同様の姿勢で介護に取り組んでいるためでもあるようです。

介護施設の中でも認知症の人を対象とする施設では、特に介護士の力量が問われることになるでしょう。

認知症の人は完全に自立した生活が無理であっても、認知症の程度によっては普通に自分でできることもありますから、ホグウェイの中で入居者が「自分でできる」という意識を持つことは非常に重要なことだそうです。

たとえ、財布を忘れて支払いもしないで店を出ようとする入居者がいても、自分で買い物に出かけ、商品を選んで帰っていくことができるということこそが大切なのであり、支払いをするという行為については、介護士がフォローすれば問題はないということです。

現在の日本では、認知症の人への抗精神薬の投与や精神科病院への入院が増えつつあると言われているようですが、欧米では既に、そのような方法は不適切であるとしてやめる方向に向かっているそうです。

ホグウェイの入居者たちは投薬を受ける量が少なくなったために食欲が出て、表情がいきいきして、寿命が長くなる傾向も見られるようになったとのことです。

 

ホグウェイにも問題点はある

利点が多いように見えるホグウェイの新しい試みですが、一方では問題点を投げかける専門家もいるようです。

それは、認知症の人が住み慣れた家や地域を離れて、言わば隔離病棟のような場所で暮らすことと、必然的に地域との交流もなくなってしまうことです。世界各国の国民性によっては、自由が多い生活よりも、身近で確実に介護士が見守る体制に安心感が持てるという場合もあるかもしれません。

日本には認知症の人が暮らすグループホームがあり、近隣の商店で買い物を楽しんだり、花見や外食等の外出を楽しんだりする風景を見かけることがあります。このような地域住民との交流が、ホグウェイのような施設ではできないことになり、認知症の人の地域での共生は困難となってしまいます。

ホグウェイのような施設を日本に開設できるかどうかを想像すると、日本のように国土が狭く、地震や津波の被害が懸念される地域も少なくない状況で、認知症の人が安心して暮らせる広大な敷地を、安全な場所に多く確保できるかどうかという問題もありそうです。

日本の介護保険についても、制度の見直しを行う度に自己負担額が増えたり介護認定の基準が厳しくなったりする状況ですから、すぐにホグウェイのような施設の開設を検討するのは困難ではないかと想像します。

 

オランダの認知症ケアも参考に

オランダの認知症ケアに対する取り組みは、既に2,000年代から国家ぐるみで行われていて、認知症の人でも、8割近くの人は自宅で暮らし続けているとのことです。しかも、その半数程度の人はひとり暮らしだそうです。

たとえ国の事情は異なっても、ホグウェイで成功している新しい方法の中で導入可能なことがあれば、日本でも少しずつ試みていくことが望まれます。

厚生労働省の試算によると、平成24年には認知症の人が462万人(日本人の高齢者の約7人に1人)でしたが、団塊の世代が75歳となって後期高齢者になる平成37年には、約700万人(約5人に1人)にもなるとのことですから、認知症介護の問題を少しずつでも改善していくことは、急務であると言えるでしょう。

 

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