その人らしさを中心としたパーソンセンタード・ケア

その人らしさを中心としたパーソンセンタード・ケア

パーソンセンタード・ケアとは?

イギリスの臨床心理学者トム・キットウッドが提唱した「その人らしさ(パーソン)を中心とした(センタード)介護(ケア)」を意味します。また、介護する側も自分らしく無理をしないことが強調されており、認知症介護の現場で広まりつつある介護方針です。

まず、キットウッドは、認知症の状態は5つの要因の相互作用と考えました。

  1. 神経障害(アルツハイマー病や脳血管障がい等による)
  2. 性格傾向(気質・能力・対処スタイル)
  3. 生活歴
  4. 健康状態、感覚機能(視力・聴力)
  5. その人を取り囲む社会心理(人間関係のパターン)

従来の認知症の人を介護する現場では、上記の要因のうち1のみに注目した医療に傾いた介護となるため、介護者側は食事や排泄の介助をはじめとして多くの業務に押され、介護される側の「人」が「患者さん」というひとくくりにされることによって、かえって認知症の人の心理状態を悪くしてしまうことがあります。

その反省から生まれたのがパーソンセンタード・ケアでした。
キットウッドは、2以下の4つの要因に目を向けることの重要性を指摘したのです。

パーソンセンタード・ケアの理念は、本人の性格傾向や生活歴、健康状態や感覚機能等に配慮しつつ、周囲の家族や介護者が適切な認識をもって接することによって、認知症の状態によりよい影響を与えようとするものです。

認知症の人のニーズを把握する

簡略した例を挙げると、「下の世話をされるようになるくらいなら死んだ方がマシ」という方がいます。これは自尊心を傷つけられるのを恐れていることに他なりません。

例え、話すことや考えることに衰えが出たとしても、その人の来歴や個性を尊重し本人の感情を慮ることによって認知症の人を支えていくことが、パーソンセンタード・ケアの第一歩です。つまり、「自分の人生を自分で生き、個人として他者に受け入れられたい」という誰もが持っている基本的な欲求が認知症の人のにもあるということを認識することが重要です。

キットウッドはこれらの基本的な欲求を5つの花弁をもつ花のような図で表現しました。中心に愛、そしてその周りに「(周囲の人々と)共にあること」「くつろぎ」「自分らしさ」「結びつき(愛着・こだわり)」「(なにかに)たずわること」が描かれます。

認知症ケアマッピング(DCM)

認知症の人が上記の欲求を満たして心安らかに過ごすためには、その人それぞれに対して個別的な関わりが不可欠となります。介護側の都合や思い込みではなく、認知症の人の感情を把握することから始める必要があります。その方法論として普及しつつあるのが、認知症ケアマッピング(DCM)です。

マッパーと呼ばれる研修を受けた記録員が、5分おきに連続して6時間、認知症の人の様子を記録します。
具体的には、

  1. どのような行動をしているか
  2. よい状態かよくない状態か
  3. 本人とケアスタッフとの関わり

を簡略化した記号によって詳細に記録します。

ここで重要なのは、認知症の人本人の立場にたって行動を捉えることです。一見すると危険行為と見られることでも、本人の職歴などから「仕事に類する行動」という記録するのがパーソンセンタード・ケアにおけるケアマッピングなのです。

こうしてアルファベットや数値の記録を表にすることで、認知症の人本人がどのようなケアを受けどのような状態にあるのかを詳細に把握することができます。

介助する側も自分らしく

キットウッドの後を継いだドーン・ブルッカー教授は、パーソンセンタード・ケアの本質を以下の4つに整理しました。

  1. すべての人が絶対的な価値を持つという価値観
  2. 個別性を認識した個別のアプローチ
  3. サービス受益者(認知症の人)の視点から見た世界の理解
  4. 心理的ニーズを支える社会環境の提供

そして、4)の観点から、パーソンセンタード・ケアの「パーソン」には、ケアを受ける人だけでなくケアを提供する人も含まれることを強調しました。

ケアする側が自分らしさを保てないほどの無理をする介護は継続ができないうえ、介護される側が「自分の存在が迷惑である」と感じてしまう可能性もあるからです。これはパーソンセンタード・ケアの理念に反します。

認知症の人が自分を認めてもらえていることを実感することと同時に、介護する側も自分らしさを追求してゆくことが、長期的にお互いが心穏やかに過ごせる秘訣となり得るという理念なのです。パーソンセンタード・ケアは、介護する側もされる側も穏やかに過ごせる社会を実現する鍵となるのではないでしょうか。

日本におけるパーソンセンタード・ケアの情報

英国ブラッドフォード大学が中心となって、パーソンセンタード・ケアの教育を世界的に展開しています。

日本では認知症介護研究・研修大府センターが主催し、「パーソン・センタード・ケアと認知症ケアマッピング(DCM)の研修」が平成23年度から行われています。

書籍「パーソンセンタード・ケア〈改訂版〉―認知症・個別ケアの創造的アプローチ」スー・ベンソン (著, 編集), 石崎 淳一 (監訳), 稲谷 ふみ枝 (翻訳)では、13の認知症介護事例に沿った提唱者トム・キットウッドと継承者ボブ・ウッズの解説で、パーソンセンタード・ケアの方法や意味、考え方が理解しやすくまとめてあります。

当サイトの著者が思いますに、日本でこの介護方針を行おうとしても、人員の不足、労働条件の厳しさ、スタッフの温度差の問題など、意思の上で賛同したとしても実施するまでにクリアすべき多くの問題があり、介護職員が生活を維持するためにこの方法論を優先できるかどうかには、一概には言えない状況があることと思います。しかしながら、介護される側・する側にとって大切なことをうたっているだけに、1日も早く現場に浸透する日が来ることを願ってやみません。

パーソンセンタード・ケア〈改訂版〉-認知症・個別ケアの創造的アプローチ

<書籍データ>
発売日:2007年05月
著者:スー・ベンソン (著, 編集), 石崎 淳一 (監訳), 川本 浩 (イラスト), 稲谷 ふみ枝 (翻訳)
出版社:クリエイツかもがわ
サイズ:単行本
ページ数:145ページ
ISBNコード:9784902244809

 

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